消えそうな熱い想いで書く

日々感じたことや考えてることを書いていきます! リフレッシュのためのブログですが、よかったら楽しんでください♪ コメントなどもらえるとうれしいです!仲良くしてくださいね^^

youtuber について

最近youtuberの方が増えてきて、テレビ離れが進んで行ってるけど、ネットってピンポイントに自分の見たいものが見れるのがまずいい。後は好きな人がメインのものが見れる。

 

クオリティ的な面ではやはりテレビには勝てないけど、どちらもターゲット層が違うので、どちらもなくなることはないと思う。

 

今からユーチューブを始めるのはなかなか難しいから、テレビで有名になってから、ユーチューブに移行するパターンが増えてくるのかなと思う。

 

今は家族でテレビより、1人でユーチューブを見る時代になってきたのかな?

 

家族団欒が減らないように、家族でユーチューブを見るということが必要になるかもしれない。

 

家族向けユーチューブとか、これから流行るかも。

 

 

 

好きなことをやって生きたい。

 

それでもいいと思う。

 

努力が必要だけどね。

 

 

 

人生で大事なものは自分の能力を理解して、弱点を補っていくこと

さてさて、今は大学院の準備をしている僕ですが、それと同時に哲学書もよく読んでます。

 

僕はおかげながら、勉強とかは得意な方で恵まれているほうだと思います。

でも、精神的な弱さも持っています。

 

どれだけ能力が高くても、精神的な弱さが原因で結果が残せなかった人がたくさんいるのが現実です。

 

そこで、精神的な強さを持つために必要なこと、実践していることを3つ紹介したいと思います。

 

①自分の信念に反することはしない。

 自分に嘘をついたときから、自分に嘘をつき続けなくてはいけなくなる。その先にあるのは偽りの充実感だけで、逃げやすい人になると思います。

 

②健康的な習慣。

 自律神経をコントロールしないとうつ病になってしまいます。こうなるとなかなか厳しいので、健康に気を遣うようにしています。朝の光を浴びたり、適度な散歩は必要不可欠です。

 

③習慣的な努力

 自分の規則というものを守るという行為が精神的な強さにつながると思います。

一日これをすると決めたらする。それを続けることで強さを手に入れることができると思います。

 

これらの三つのことを実践することで、精神的な安定を得ることができます。

そして、精神的な安定は能力発揮を十分にサポートしてくれるはずです。

 

 

自分に自信を持って生きれることって幸せ。

自分のことをかっこいいとか、

 

自分のことをすごい人だとか、

 

本当はそんなことないんだけど、

 

言ってくれる人もいるわけで、

 

僕はその期待に応えたいよ。

 

ほんの少しのことが人生って大事なんだと思う。

 

ほんの少しだけ、頑張ったり、前に進んだりしたことが、大きなことに繋がったりする。

 

きっとね。

 

自分の人生幸せだって、後悔しなかったって言える時が来るよ。

 

だからもうすこしがんばろ?

 

 

 

 自立というと経済的な自立を一番初めに思い付いたけど、それを根本に置くと働いていない人や子供たちは自立していないのかということになります。

 じゃあ経済的に自立していれば、自立といえるのか?

自分のしたいこともできずに、だれかに指示をされて何かをこなすだけで本当にその人は自分の足で立っているといえるのか?

 応えはNOです。

結局自立というのは自分の人生をちゃんと歩めているかに関連するものだと考えます。

 

そして、自立を支えるのはまっすぐな信念であるべきです。

自分の信念、意思があるからこそ、自分の人生を自分の足で歩むことができるのだと考えます。

 

そういう意味では自分の信念がある人は、働いてない人や学生であっても自立しているといえるのではないでしょうか?そして信念がない人は経済的に自立していても、本当の意味で自立しているとはいないのではないか?

 

ニートでも信念を持っていれば自立しているといえるのか?という疑問があると思います。親の脛をかじっている人でも自立しているのか?

その人の信念がまっすぐなものであれば、それは自立しているといえると僕は考えます。

そして、その信念がまっすぐかどうか判断するのはその人自身であり、そのひとが心から自立していると思えてれば、自立していると思います。

逆にその信念が曲がっているものであれば、それは立っている状態ではなく、寝ている状態のようなもので、前に進むことができません。

その人が前に進んでいる。もしくは今は止まっている状態かもしれないけど、自分の足で立ってその準備をしているというものであれば、自立といえると思います。

 

あなたが自立しているかどうか簡単にわかる方法があります。

それは自分が信念をもって生きているかです。なにか目標や望みがあって、そのために生きているかです。自分の人生がつらくても、たのしくても、前に進もうという意思があるかどうかです。きっとそれは自分が一番よくわかります。

 

自分の人生に迷ったときは、ちゃんと自分の足で歩いているか確かめてみたらいいと思います。もしかしたら、動く歩道に座っていって、自分の足で歩いていると錯覚しているだけかもしれません。

 

 

 

いろいろ思い出した。

 

今の自分になるまで色んなことがあった。

 

本当につらかったことも、そんな自分を助けてくれた友達がいたことも、それでも俺は逃げたことも、そんな自分も受け入れてくれたことも。

 

普通の友達には秘密にしてることがある。全部が嘘ではないけど、心配かけたくないから。許してくれるかな?

 

本当は自分の人生を隠さないで堂々と言えたらいいんだろうけど、中々まだ難しい。

 

心配かけたくないって気持ちが強くて、期待に応えたくて、今はまだ努力するしかない。

 

俺は強くなれるかな?

 

いつかまたみんなに会いたい。

 

少しだけ会えるようになった。

 

仕事が順調だから?

 

大学卒業したから?

 

少しだけ強くなれたから?

 

自分が好きだった自分を取り戻すためにはきっと後悔とか色んなもの噛み締めて、また自分に挑戦しないといけないんだと思う。

 

それはきっと苦しい道だと思う。

 

でも自分が好きだった自分を置いていけない。もう一度だけ勇気をください。

 

これからが勝負だ。

努力は難しい

難しい努力とは誰からも言われずにやる努力である。

難しい努力とは誰かと違った道を進むことである。

難しい努力とは自分を信じる努力である。

 

長期的に見て自分のやりたいことと、短期的に見て自分のやりたいことは違うことが多い。短期な自分のやりたいことを我慢しなければ、長期的なやりたいことはできない。ダイエットする人がおやつやお酒など自分が好きなものを我慢するように。

 

まず、目的を叶えるために大事なことは自分の規律を作り、それに従順であることである。

例えば、一日何時間勉強すると決めたらそれに従う。一般的に学校が規律を作ったり、会社が規律を作るが、それ以外の規律は自分で作らなければならない。

 

二つめに大事なことは集中することである。集中するために必要なことは意識的に集中する時間を作ることである。

 

三つ目に必要なことは孤立を避け、孤独に耐えることである。他人との繋がりを保持しながら、自分の時間を作ることが大事である。

 

この三つをきちんとこなすことで、人は目的を達成できるというのが僕の考えである。

 

しかし、これらを実行する努力はとても難しい。

これらをすることは自分の道を進むということである。

そして、それが出来なければ自分を信じることは難しい。

 

重たい と 想いたい の違い

久しぶりの更新です~

 

最近忙しかったです><

 

なぜ愛しているのに相手は重く感じるのか?

 

恋愛においてどちらが良い悪いはないというのが持論です。

 

なぜならそこに強制力はなく、付き合うも別れるも自由だからです。

 

結婚後の場合は確かに離婚の自由はありますが、ある程度の拘束力があるためグレーですね。本当に相手に問題がある場合は離婚するのが理想だと思いますけど。。。

 

そのような前提の下で考えなければいけないのは好きな相手が離れていかないためにどうすればいいのかです。

 

よくあの人は重たいとか軽いとか言われますが、その二つは反対のようで実は共通点があります。それは両方とも自分本位であることです。そして、自分が逆の立場になったときお互いそれを嫌います。

 

そして、自分本位の人がよく勘違いされているのが重たい人=愛が深い。軽い人=愛がない。です。

愛とは何か?という話になるとゴールがなくなってしまうので、なんとなくのイメージで大丈夫です。それはひとそれぞれ違うものだと思います。

 

ここでは愛の深さを「相手に対する想い」という風に定義します。

 

そうするとわかるのが相手に対して重い人は相手のことをちゃんと考えれていない。想えていないのです。なぜなら、重い人は相手の負担になり、苦しめる場合が多々あるからです。それは想えているとは言えません。じゃあなぜその人たちは重い=愛していると思っているのか、それが自分本位であるという証であり、愛が二人ではなく自分によって成り立っていると考えています。

 

その場合に起こるのは自分が尽くしているという実感と相手に求める要求です。この二つは相手があるように見えますが、自分の中だけで成立している行為なのです。そして、それは相手が重いと感じる原因になります。なぜなら、相手のことを想ってこそ、相手は愛を受け入れてくれるからです。想いがない愛は重いになります。

 

逆に軽い人はどうなのかこれは先ほどの話より分かりやすく、軽い人は実際に自分に想いがないことを自覚しています。これはモラルの問題であり、そういう人と付き合わないようにすればいいだけのことです。相手が自分を大切にしているかしてないかは行動を見れば明らかなので、言葉に惑わされず、行動を見るようにすれば回避できます。見切りをつける速さが被害を少なくするコツです。

 

どのようにして相手を愛するのか?

 

ここからはエーリッヒ・フロムの愛するということを引用しながら話していきます。まだ読んだことがない人はぜひ読んでほしいです。

 

「一人でいられる能力こそ、愛する能力の前提条件なのだ。」

エーリッヒ・フロムの有名な名言です。

 

 まず重い人にありがちなのが、さみしいとかかまってとか一人でいられない人たちです。

人間の性質の中には人間生活の本質に基づいた二つの要求があります。

一つは他人とつながりを藻たちという要求と孤独を避けようとする要求です。

肉体的な飢えが死をもたらすように、精神的な飢えは精神的な破滅をもたらします。現代でいううつ病もその一種といえるでしょう。

一人でも社会とのつながりを感じれる人もいるし、逆に社会の中で生活していても孤独を感じることはありえます。この孤独がある程度を超すと精神に異常をきたします。

このような状態のことを精神の孤独といいます。

人間は一人でいることは耐えることができますがつながりを絶たれることに耐えることはできないのです。

 

さみしさを忘れさせてくれたり、かまってもらうことで幸福感を感じることはあるかもしれません。しかしそれでは相手があなたの命の恩人になることはあるかもしれませんが、愛し合うという対等な関係になることはできません。ひとりでいられることが重いから逃れる第一歩なのです。そして、それが相手を想い愛することにつながります。

 

 

 

その訓練として、フロムは三つのものを挙げています。

①規律

気分が乗っているときだけやるというのは、単なる趣味であり、技術ではない。技術の習得には、毎日一定の時間を捧げて繰り返すことが必要である。つまり、生活の中における規律が必要である。

僕は自分の規律を作るために、毎日勉強でも何でもいいからすることをしています。

②集中力

何らかの技術を身につけるには、一つのことに集中する時間が必要である。現代では、メディアの氾濫などで、一つのことに集中することが難しくなっているので、現代人は意識的に集中する時間をもつ必要がある。

僕は朝起きて15分、夜寝る前に15分何も考えないということをしていました。

③忍耐

努力をしたらすぐに結果が出るようなものは、それほど価値のあるものではない。価値のある技術を習得するためには、努力がすぐには実を結ばないという経験を通して、その先にある偉大なものに到達する必要がある。そのためには忍耐が必要である。

すぐに結果を求めずコツコツ努力をすることで、一人になる訓練の最後とします。

 

このような訓練ができてこそ愛する技術が身につけられるとフロムは言います。逆に言えば、重い、軽いといわれるひとはこれができていないのではないでしょうか?

想いたい、愛したい人は上の訓練から始めてみましょう。